赤城さん 栄光と慢心と(3)


正規空母「赤城」。
世界最強空母艦隊、南雲機動部隊の旗艦として活躍し、太平洋戦争の転換期を象徴する戦いで散っていきました。

赤城さん 栄光と慢心と(2)】 から続きます。

 

赤城さんの、慢心

真珠湾攻撃のしばらく後、セイロン沖海戦。インド洋を舞台とした、イギリス・オランダ・オーストラリア連合軍との戦いでした。
南雲機動部隊は、十数機の艦載機損失と引き換えに、空母1重巡2を中心とした多数の敵艦艇を沈める大戦果を上げました。

日本海軍の艦爆隊は、命中率約 85 % という訳の分からない記録を叩きだしてます。
色々と好条件には恵まれたようですが、通常はベテラン搭乗員による艦爆隊でも 25 % 程度ということで。当時の日本海軍航空隊の極まりっぷりを示すエピソードとなりました。

この戦いにおいて、赤城は英爆撃機からの攻撃を受けます。
鼻面をかすめた爆弾が水柱を上げるまで、なんと攻撃に気が付きませんでした。戦闘行動中の色々忙しい最中ではあったんですが。
10 発ほどの爆弾は幸運にもすべて外れましたが、もし当たってたらここで終わっていたかもしれません。
飛行甲板の下では、換装中の爆弾や魚雷がゴロゴロしていたのです。

なぜ近づいてくる飛行機を見落とし、攻撃に気づけなかったんでしょうか?
索敵体制の不備、上空監視体制の不備、護衛戦闘機を用いた防空体制の不備

これらが重なった結果、必然的に発生した。そう表現してもよい出来事でした。

ともあれ、空母機動艦隊を運用して敵航空機との戦闘を行うなんて、まだ経験の浅いことです。不備が有るのは仕方ありません。
貴重な教訓は得られたのですから、よく解析して学び、同じ失敗を繰り返さないように活かせば良いのです。

……常勝無敗の最強部隊という慢心があったのかもしれません。休む間もない連戦で忙しすぎたのかもしれません。
教訓は、活かされませんでした

 

 

終末の、ミッドウェー海戦

米帝プレイをなさらないアメリカ様

真珠湾で主力艦隊に壊滅的な大損害を被ったアメリカ軍は、苦しい状況でした。
空母群こそ無事だったものの、手元に残された数少ない艦隊では、最強の日本艦隊とガチンコやっても勝算はありません。
すでに本国ではモリモリと空母を量産しはじめてはいるものの、戦線に出てくるまでは時間が掛かります。

戦術転換をすることにしました。
日本軍拠点に対する、神出鬼没のヒット&アウェイ戦法です。
正面からの一撃必殺を得意とする日本艦隊にとって、なかなかやっかいでした。

おまけに、空母に無理やり大型の爆撃機 B-25 を詰め込み、日本本土への都市爆撃もやらかして来ました。
ドーリットル空襲」と呼ばれます。
少数の爆撃機による奇襲的な爆撃で、損害こそ軽微でしたが、本土が直接攻撃されたと言うインパクトは大きく、日本世論は軍に強いプレッシャーを掛けることになります。

空母ホーネットに詰め込まれたB-25

空母ホーネットに詰め込まれた、陸軍爆撃機 B-25。
かなりの無茶してるのが一目瞭然ですね。
発艦はなんとかなっても、着艦なんてとてもできないので、日本を通り越して中国の飛行場に降ります。

 

罠に嵌めたと思ったら、嵌ってた

このうっとおしい米空母群をなんとかしましょう。
アメリカ基地が有る重要拠点「ミッドウェー島」を攻めて占領し、米空母を誘い出そうとしました。
ここを抑えられると、次はハワイが危ないので、見過ごすことはできません。
基地を攻撃して、慌てた米空母が駆けつけてきたら、やっつける。
なんという冷静で的確な判断力なんだ!

ミッドウェー島

ミッドウェー島。
飛行場と基地を作っていっぱいの小さな島です。

 

一方アメリカ様。事前に全部お見通しです。
暗号解読や諜報活動など、様々な手段で虎視眈々と情報を集めてます。日本の各部隊の兵力、指揮官、予定航路、攻撃時期など、事前に把握できてました。対応準備も念入りに行われたことでしょう。

といってもまあ、アメリカ側も一枚岩ではなく「それ誤情報じゃない? 日本に騙されてない?」と反対意見も内部でありました。
正しい情報と間違ってる情報が入り交じる中で、正しい情報を拾い上げるのは、いつだって非常に難しいことです。

 

パンパカパーン

日本のミッドウェー攻略担当は、ご存知頼れるエース、赤城を旗艦とする南雲機動部隊
しかし、開戦以来の連戦で、乗員も艦も疲労。赤い激おこプンプン丸が輝いてます。
その長風呂っぷりがあまりにも有名な赤城さんですが、実際は入ってるヒマなんてありませんでした。

以下、赤城さん勤務表。なんと見事なブラック鎮守府っぷりでしょう。
月月火水木金金ってレベルじゃねーぞ!

1941/04/10 第1航空艦隊、第1航空戦隊編入。第1航空艦隊旗艦。
1941/12/08 太平洋戦争開戦。真珠湾攻撃。
1942/01/20 ビスマルク諸島(ニューギニア)ラバウル攻撃。
1942/01/21 ビスマルク諸島(ニューギニア)カビエン攻撃。
1942/01/22 ビスマルク諸島(ニューギニア)ラバウル再攻撃。
1942/02/19 ポートダーウィン(オーストラリア)攻撃。
1942/03/01 ジャワ島(インドネシア)米特務艦「ペコス」撃沈。
1942/03/05 ジャワ島(インドネシア)空襲。
1942/04/05 セイロン沖(インド)海戦。
1942/04/09 セイロン沖(インド)海戦。英空母「ハーミス」撃沈。
1942/04/22 横須賀入港。
1942/05/18 瀬戸内海移動。
1942/05/27 ミッドウェーに向けて出発。
1942/06/05 ミッドウェー海戦。

 

「米空母が急に来た?」「急や」

ミッドウェー基地攻略。
五航戦の瑞鶴と瑞鶴は欠席。参画するはずでしたが、その前に行われた珊瑚海開戦で損傷してしまいました。
南雲機動部隊は当初、アメリカ空母群は当該海域に存在していないものとして作戦を進めていました。ハワイに居るという事前情報を元に、作戦行動していたのです。待ちぶせされてるだなんて、露とも思わず。

赤城艦上デッキ

赤城艦上デッキ。
艦橋に巻いてある布は、ハンモックに毛布を包んだものです。
飛んでくる破片の防御と、沈没時の浮き輪代わりでした。

空母群から飛び立った攻撃隊の指揮は、友永丈市大尉。そう、「友永隊」です。
ミッドウェー島基地施設に攻撃を加えるも、事前準備を整えていた基地に対しては成果不十分。「第二次攻撃の要あり」と赤城に打電を入れました。

そのころ、南雲機動部隊。
友永隊の攻撃前に基地から飛び立った米攻撃隊による襲撃を受けている状況でした。
防戦中に入る、「敵空母機動部隊発見」の報。あ、これマズイ。

第二航空戦隊の山口多聞少将(多聞丸)は、すぐに動かせる爆撃隊による敵空母機動部隊への即時攻撃を進言しました。
しかし、まずは基地攻撃から戻ってきて着艦待機中の友永隊 100 機を収容しないと、燃料切れで海に落ちて全滅です。
また、艦隊の護衛にあたっていた零戦も収容して補給しないと、味方攻撃隊の護衛に付けることができません。
進言は却下されました。

大量犠牲覚悟の拙速攻撃を選ぶか、自空母が先に攻撃を受けるリスクを負っても時間を掛けて万全の体制を整えてからの攻撃を選ぶか。
このあたりの判断は常に悩ましいところだと思います。どっちが正しい、というのも無いのでしょう、きっと。ルーレットを回して、成功した結果、失敗した結果が残るだけで。

 

アメリカ様も、いっぱいいっぱい

この戦い、米軍側も実は余裕なぞこれっぽっちも無く、ヒヤヒヤで薄氷の上の勝利でした。

使える空母はたった2隻。「エンタープライズ」と「ホーネット」です。
基地攻撃隊もあるとは言え、日本側の4隻との正面対決は厳しい。
その前の珊瑚海海戦で損傷していた1隻「ヨークタウン」。これを、なんとかやっつけで応急修理して間に合わせました。間に合いませんでした。戦場への航行中も修理して、ほんとにようやっとです。
航空機搭乗員も、精鋭部隊といかず、練度の低い人員もかき集めての数合わせでした。

1942年6月4日7時30分~40分、エンタープライズ艦上で発進準備中の第6雷撃隊TBD11機(ミッドウェー海戦)

エンタープライズ艦上で発進準備中の雷撃隊。お腹に魚雷が見えます。
折りたたんだ羽を伸ばしてますね。

米空母機動部隊は、南雲機動部隊発見の後、奇策に出ました。
準備のできた攻撃隊から順に、護衛戦闘機をちゃんと付けずに波状攻撃を行わせたのです。
バラバラに攻撃させた雷撃隊は、日本艦隊護衛の零戦に襲われて各個撃破。複数の雷撃隊が、ほぼ全滅に近い損害を被ります。
命を賭けて撃った魚雷は、一本も命中しませんでした。

この時点で、アメリカは明らかに負けつつありました。
雷撃隊は戦果が無いまま失われ、敵空母群は全て健在です。
残された爆撃隊が、最後の希望でした。

爆撃隊が予定海域に着いた頃、敵艦隊の姿はありませんでした。日本空母群は進路を変えていたのです。
残り少ない燃料。焦ります。ヤマカンで進路を変えて探したら見つかりました。幸運でした。

 

「真上(まうえ)?直上(ちょくじょう)?」

小部隊ながら、立て続けに襲いかかってくるアメリカ攻撃隊。
南雲中将は、なんと自ら赤城の操艦を行い、襲い来る 6 本の魚雷を回避しています。
護衛の零戦もその都度、完璧に仕事をこなしました。

回避行動を取る赤城

回避行動を取る赤城

零戦が水面近くで雷撃隊の迎撃をした直後。上空から侵入してきた 30 機の急降下爆撃隊がなんの妨害も受けずに攻撃を開始しました。
零戦のスキをうまく突いた形になりますが、米軍側も部隊連携はとれておらず、単なる偶然です。
急降下してくる爆撃機の群れに見張り員が気がついて何かを叫んだときには、すべてが手遅れでした。

加賀に命中4発。
蒼龍に命中3発。
そして、赤城に命中2発
たった6分の間の出来事です。

ミッドウェイ海戦で爆撃を受けた赤城、加賀、蒼龍の状況再現ジオラマ写真

ミッドウェイ海戦で爆撃を受けた赤城、加賀、蒼龍の状況再現ジオラマ写真。
3隻の距離が近すぎたことが、一回の攻撃で一気に全滅被害を受けた一因でした。

赤城では、補給のために着艦していた護衛零戦が発艦する瞬間でした。
直接の被害は軽微でしたが、格納庫内の魚雷・爆弾・航空燃料が誘爆。艦内は大火災。内部から焼きつくされていきました。
南雲中将は艦に残ろうとしますが、部下の必死の説得で脱出します。

完全に自力で動けなくなった赤城。曳航して港に連れ帰ることを模索するも、叶いませんでした。
連合艦隊司令部、山本五十六長官から処分命令が下り、味方駆逐艦の雷撃で介錯を受けます。
1942 年 6 月 6 日、世界最強の空母機動艦隊の旗艦「赤城」は、北太平洋の海に沈んでいきました

赤城さんの時代の、終わり

太平洋戦争の転換点となったのが、この戦いです。
それまで破竹の勢いだった日本海軍の優勢は、失われてしましました。
一方、苦しい劣勢の時期を凌いだアメリカ軍には、本国で新しく生産された多数の兵器が次々と配備されていきます。

日本が開戦の際に定めた「短期決戦の勝利による早期講和の実現」
その目標達成の見通しは立たなくなり、以降は終わりどころの無い戦争へ迷走を深めていくことになります。
その顛末を赤城さんが見ることは、ありませんでした。

 


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