ぜかまし! 量産兵器に勝てなかった高性能試作型兵器


蝶のように舞い、鉢のように刺す!
敵戦艦の艦砲をヒラヒラと華麗に避けつつ、超高速で肉薄して、潜り込んだ懐で華麗に魚雷をぶちこむ!

採算度外視で盛り込まれた数々の新機軸兵装!
小柄な体に信じられないほどオーバー出力な暴走上等エンジン
悪くなっていく戦況にさっそうと新登場!
みんな大好きひとりぼっちのプロトタイプ実験兵器、ぜかまし
それが島風型駆逐艦の一番艦「島風」でした。

(WRシリーズ模型/船の科学館収蔵)

(WRシリーズ模型/船の科学館収蔵)

 

速さの秘密

1939 、太平洋戦争が 2 年後に迫る緊張感が高まった時代に設計が開始されました。
アメリカが計画中の新型戦艦が 30 ノットを超える高速であることが予想され、これを追いかけて攻撃しないといけないという課題を背負います。
重武装を詰んで大型化した帝国海軍の現行主力駆逐艦は、全速力でもようやっと 35ノット出る程度でした。
敵戦艦との相対距離は 9 km/h ほど。強大な砲撃をかわして距離を縮めるには心もとない速度差です。

そこで島風型では、武装満載で重くても高速性重視という設計思想が採用されました。
結果、最大速力約 41 ノット(= 75 km/h)という超高速性が現実のものとなります。
設計者は 50 ノット(= 92 km/h)にチャレンジしたんだとか。いや、さすがに無茶でしょう…。

なお、5 連装の魚雷発射管を 3 基積んだずっしり重武装の状態です。
スーパー北上様に継ぐ雷装能力でした。
この零式 5 連装魚雷発射管も、帝国海軍唯一の新兵器ですよ。

高速性実現のキモはエンジンでした。
超高温高圧のスチームタービンエンジンが生み出す大出力は、7 万 5 千馬力
なんとこれは馬 7 万 5 千頭と同等の力です!

戦艦「扶桑」が積んでいるのが同等出力のエンジン 4 基。
同じ駆逐艦である睦月型のおよそ倍の出力。
こう表現すると設計的に無茶してるのが分かりやすいと思います。

山城、睦月型、島風比較

無茶しすぎじゃないですか、大丈夫ですか、ぜかましさん

あと、高速稼働に適した形に船体設計も一新。艦首の形状を、従来の駆逐艦に採用されていた「ダブルカーブド・バウ」という方式から、戦艦に採用されている「クリッパー・バウ」に変更したようですが、絵的に面白みが薄いので解説省略します。
参考リンク:http://nihonkaigun.ikaduchi.com/yougo/meishou.html

おしりの形状も独特なんだとか。

 

役に立たなかった高速力

空母と艦載飛行機。これの登場により、戦いのロジックは一変してしまいました。
敵味方の艦隊が1海域に集結して艦隊決戦を行う。そんな伝統的な海戦のスタイルは太平洋戦争開始までに大きな疑問符が付き、皮肉にも当の日本帝国海軍が、空母部隊による真珠湾攻撃の大成功でこの上なく実証してしまいます。
大艦巨砲主義の戦艦は時代遅れとなり、その対抗兵器として熱い期待を寄せられていた島風型駆逐艦も生まれる前に役割を消失してしまいました。

姉妹艦が 16 隻作られる計画でしたが、取りやめ。
もともと超高温高圧のエンジンがピキー過ぎて量産に向かなかったのをなんとか頑張ろうとしてたのに、頑張る理由が無くなってしまいました。
後続の「松型駆逐艦」は、戦時中に急いで建造できることを優先して設計され、最大速力は一転して 27.8 ノットまで落ち込んでしまうことになります。
現場的には、最新技術を盛り込んだ高性能試作兵器1隻より、より低機能でも量産型が多数揃っていたほうがありがたい。そんな現実路線でした。

1943 年 5 月 10 日、ようやっと生まれたひとりぼっちの島風は、より低速の艦と行動を共にすることになります。

 

生かされた最新鋭レーダー

島風、実はもう一つ新兵器を積んでました。
22号電探」と呼ばれた捜索電探。つまりレーダーですね。竣工時から搭載していました。
この新兵器は実戦で大きく活躍することになります。

キスカ島撤収作戦」。
太平洋戦争での旗色が悪くなり、制空権も制海権もアメリカの圧倒的な戦力に奪われた状況でのお話です。
北部太平洋アリューシャン列島にあるキスカ島。敵勢力地に孤立無援で取り残された約 5000 人の基地守備隊を救わないといけません。
アメリカ側はレーダーで重点的な哨戒網を築いてます。
普通に船で近づいても島に付く前にやられてしまいますし、潜水艦でこっそり忍び込んでも見つかってしまいました。
もはや見捨てるしかないかもという瀬戸際で、手詰まりです。

一つの賭けを行うことになりました。
この地域は、濃い霧が発生することが多く、この濃霧にまぎれて撤退を行おうという作戦です。
濃霧は敵から見つかりにくくなるだけでなく、敵攻撃機の攻撃を不可能にしてくれます。
ただ代償として、自分たちも目隠し状態で移動することになり、敵艦隊の接近にも気づけません。帝国海軍の索敵は基本的に肉眼頼りでしたので。

この作戦に島風のレーダーが生かされました。
敵艦隊の接近をいち早く察知することができ、敵のレーダーに見つかったときも逆探知でそれを察知することができます。
肉眼での視界が全く効かない中、霧の向こうから一方的に敵艦隊の砲撃を受けるかもしれないという不安はいかほどだったことでしょう? 島風の配備を受けた作戦実施部隊は大喜びとのことでした。

なお、濃霧の中での艦隊行動がどれぐらい危険か
移動中に味方艦同士の衝突事故も発生しました。
国後」「阿武隈」が衝突し、「初霜」「若葉」「長波」も衝突事故を起こしてます。
島風も、「阿武隈」に敵艦隊発見!って言われて魚雷攻撃を行いましたが、実は岩礁だったりとか。
一方アメリカも、レーダーに映った虚像を日本艦隊と誤解して空打ちしまくってます。
かように敵味方ともに混乱する状況でした。

守備隊救出作戦は、天候にも大変恵まれ、なんと無傷で成功しました。「奇跡の作戦」と称されてます。
日本守備隊が全員撤退したことを知らない米軍は後に島の上陸攻略作戦を開始。
死に物狂いの敵兵が待ち構えているだろうとの緊張の中で、キツネを兵隊と見間違えたり、同士討ちで死傷者を多数出したりしてます。

蓋を開けてみると守備基地はものの空。
なんか漢字で書かれた立て看板が立ってます。
「ヘイ、ジョージ! あの看板には何て書いてあるんだい?」
「オウケイ、ジャストモーメントね。えーと……『ペスト患者収容所』
アメリカさん大パニックになったとのこと。軍医の悪戯だったそうです。

 

ひとりぽっちの島風

島風の参加海戦は以下のとおり。

  • キスカ島撤収作戦
  • マリアナ沖海戦
  • レイテ沖海戦
  • 多号作戦(第三次オルモック輸送作戦)

他の艦との絡みは色々ありました。

  • 」とともにタンカー船団を護衛
  • 大和」と「摩耶」を、「雪風」「山雲」と共に護衛
  • 武蔵」の援護
  • 雷撃で沈没「武蔵」に収容されていた「摩耶」の乗員のうち 562 名を収容

 

1944 年 11 月。
その最期は、低速の輸送船団の護衛任務でした。
もはや挽回できないほど圧倒的な差が付けられてしまったアメリカ軍の勢力圏内。
悪天候の天気予報を頼みの綱として出発するも、無慈悲にも晴れです。

搭載した最新鋭レーダーで敵航空機の大群が襲来してくるのを探知しました。味方は駆逐艦数隻のみ、絶望的です。
誘爆したら一発で艦が大爆発する魚雷を予め捨てて、最期の戦いに備えました。
襲い来る 347 機もの敵航空機
狭い湾内での防空戦にも関わらず、驚異的な回避力で無数の爆弾や魚雷をかわします。その高速力は、最期の最期に生かされたんでしょうか?
でも、至近弾の衝撃と機銃掃射を受けたダメージで船体はボロボロになりました。
朝霜」が救援にくるも助けられず、加熱した高性能の高温高圧ボイラーが爆発して沈没
11月11日のできごとです。

 

二代目「島風」、それがぜかまし

島風と名の付けられた艦は3隻存在します。

【一代目】
峯風型駆逐艦(みねかぜがたくちくかん)第 4 番艦。
大正時代の大型駆逐艦で、大正 9 年(1920年)竣工。実は太平洋戦争時も現役でした。老朽化して前線では厳しいので、武装を減らして兵員輸送能力を強化する改装が施されました。

第一号型哨戒艇(だいいちごうがたしょうかいてい)」という大変色気のない名前に改名させられ、船団護衛や近海パトロールの任務をこなしました。1943 年に敵潜水艦の魚雷攻撃でパプアニューギニアの海に沈没。

性能良好で速力 40.7 ノットを記録し、当時の日本海軍最速を誇りました。
この快足艦の名前にあやかって、二代目を襲名することになります。

 二代目】
ぜかまし!

【三代目】
海上自衛隊の護衛艦として新たに誕生。1988 年生まれ。はたかぜ型護衛艦の2番艦です。
ハープーン対艦ミサイル、アスロック対潜ミサイル、スタンダード対空ミサイルを備えた現代艦艇。
最大速力は 30 ノット。特に速いわけではありませんが、ミサイルが遠くまで飛んでってくれる現代艦艇にはあまり速さは必要ではないのでしょう。

 


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