神様のいない睦月型(卯月・弥生)


睦月型駆逐艦
旧式で、小さくて、脆くて、武装も貧弱。
時に足手まといと言われつつも、地味にみんなの役に立ちまくったのでした。

睦月型駆逐艦 菊月

睦月型駆逐艦 「菊月」 (WL シリーズ/船の科学館収蔵)

 

 

睦月型駆逐艦

戦う相手は大型戦艦

大正の時代。
駆逐艦は、あくまでも日本近海でのみ活動するための小さな船でした。
日本に攻めてくる敵艦隊。その中に混ざってる、魚雷を持った小型高速船を駆逐して、味方の大型艦を守る。あわよくば、敵大型艦に魚雷攻撃を仕掛ける。そんな役割を担っていたのです。

新しい仮想敵国であるアメリカとの戦場は、太平洋。
広大な海のどこかで艦隊決戦に挑まねばなりません。
船体を大型化して、波の荒い外洋を長距離航海できる、艦隊決戦用の駆逐艦が建造されるようになりました。

睦月型 駆逐艦

睦月型駆逐艦 武装説明図
12cm 単装砲 × 4 門
61cm 3連装魚雷発射管 × 2 門

 

艦隊同士の決戦において、駆逐艦は一番槍を務めます。
敵艦隊に夜襲をかけ、遠距離からの一斉魚雷攻撃によるヒット・アンド・アウェイ
数を減らした上で、戦艦による白昼の砲撃決戦によって、敵艦隊を殲滅する。
そういう作戦でした。なんせ、単純な艦隊数では、勝ち目なんてこれっぽっちも無いですからね。

61 cm 魚雷」。全長 8.5 m、重量 2400 kg。
350 kg の炸薬を搭載し、大型艦にも一発で致命傷を与える、一撃必殺兵器が搭載されました。
あまりにデカいので、一度に 12 本しか搭載できません。一斉射で 6 本。2 ターン攻撃したら終わりです。

砲弾に比べて速度の遅い魚雷は、敵艦になるべく肉薄して撃たないと当たりませんので、艦の速さも求められます。
睦月型は、最大時速 37 ノット(約 70 km/h)という高速艦となりました。(最速の島風で 41 ノット)
軍艦の速度というのは物凄い重要な要素です。大型の戦艦なんかは、高速戦艦である金剛級でも 30 ノットとかですので。睦月型は好きなタイミングで距離を詰めて攻撃を仕掛けることができ、逆に全速で逃げたら金剛級は追いつくことができないという、一方的な関係に持ち込むことができちゃうのです。

卯月 (睦月型駆逐艦)-1

艦首の形状を工夫して、波の影響を上手いこと打ち消すようにしました。
荒れた海でも安定して進むことができます。
この工夫は、その後の艦にも引き継がれました。

 

ちょうど 12 隻でキリが良い

大正 12 年。
睦月型は、12 隻がまず建造されました。
その後、国際的な軍縮条約の締結で大型艦の保有が制限された影響もあり、更に大型で武装強化した駆逐艦が必要という流れになりました。
後継の、「吹雪型駆逐艦(特型駆逐艦)」にバトンタッチです。

睦月・島風・赤城比較。 重さにして島風の半分ぐらいしか無いんです。

睦月・島風・赤城比較。
重さにして島風の半分ぐらいしか無いんです。
赤城さんは、さすがのデカさ。

睦月型の 12 隻は、産まれた当初、「第二十五号駆逐艦」とか「第三十二号駆逐艦」とか、味気ない名前が付けられました。ワラワラと量産する予定でしたので、
12 隻で打ち止めになることが決まってから、固有の艦名を貰えました。
ちょうど 12 隻ですので、月に由来する名前を付けると良いですね。

  1. 睦月(1月)
  2. 如月(2月)
  3. 弥生(3月)
  4. 卯月(4月)
  5. 皐月(5月)
  6. 水無月(6月)
  7. 文月(7月)
  8. 長月(9月)
  9. 菊月(9月)
  10. 三日月(毎月3日)
  11. 望月(毎月15日)
  12. 夕月(夕方の月)

…長月から後ろ、どうしてこうなった。

ちなみに、旧暦は「太陽太陰暦」と言いまして、月の満ち欠けと太陽の昇った数の両方を使って月日を定めるという、わけのわからん難しい方式です。
3 年に一回ほど、「閏月(うるうづき)」という一ヶ月をぶち込んで調整していたようで。1 年が 13 ヶ月とかお得ですね。
明治時代の中頃まで使われてました。

 

 

太平洋戦争の始まり

太平洋戦争が始まった 1941 年(昭和 16 年)。
大正生まれの睦月型は、すでに老朽化の域に達してました。
しかし、一撃必殺の 61 cm 魚雷搭載艦として、連合艦隊の前線でフル活用されます。

船体が小さくて燃費がよく、小回りが効き、少数の乗員で動かすことができる睦月型
敵艦への攻撃任務だけではありません。輸送船団の護衛や、海域のパトロールなど、地味だけど大事な任務に、休む間もなく努めました。
戦艦や重巡といった大型艦が沈没したときに乗員を救助するのも同伴する駆逐艦の大切な仕事で、助けられた乗員にとっては救いの女神だったことでしょう

 

 

睦月型駆逐艦 4 番艦 「卯月 (うづき)」

旧暦で 4 月。
卯の花が咲く季節です。
ウサギさん? 可愛くていいんじゃないでしょうか。

1926年(大正15年)9月14日生まれ。
日中戦争に従事の後、太平洋戦争が勃発。
グアム島やガダルカナル島といった南方の島の攻略作戦において、船団護衛などの任務に従事。
ソロモン海戦後、泊地に帰るところだった重巡「加古」が潜水艦による魚雷攻撃の不意打ちを喰らって沈没した際は、乗員の救助活動にあたりました。

続く海戦で、航空機爆撃を受けて損傷、佐世保に戻って修理します。
ついでに、ちょっと改造。
輸送任務に便利なように、中型の輸送ボート(通称「中発」)を艦の後部に1隻搭載できるようになりました。
お尻のところからするっと、落としこんで発進させます。

卯月 (睦月型駆逐艦)-2

艦の後部付近。中の人が写ってますね。
ただでさえ小さな艦体に、武装と燃料をすき間無くギッシリと詰め込んで。
その更にすき間に、中の人が 150 人詰め込まれました。
居住性は限りなく 0 です。

その後は、主に輸送船団の護衛任務で、シンガポールやらマニラやらの海域を、行ったり来たりします。
任務中のアクシデントで、味方輸送船の「南海丸」と衝突しちゃったりも、しました。

 

 

 

睦月型駆逐艦 3 番艦「弥生 (やよい)」

旧暦で 3 月。
草木が芽吹いて生い茂る、という意味が込められているようです。
1926年(大正15年)8月28日生まれ。

弥生 (睦月型駆逐艦)

睦月型駆逐艦 「弥生」
またの名を、「第二十三号駆逐艦」

太平洋戦争においては、姉妹艦の「睦月」「望月」「如月」と艦隊を組んで行動しました。
緒戦は、南方の島の攻略作戦に従事。作戦中、敵の攻撃により「如月」を失います。開戦のわずか 3 日後のことでした。

ガダルカナル島を巡る戦いでは、島への艦砲射撃も行いました。
3 日後に、航空機爆撃による反撃を喰らいます。先に沈没した味方艦乗員の救出活動をしていた睦月も、続く攻撃で沈没。
危険な海域に留まり睦月の乗員をなんとか必死に救出してから、ラバウル泊地に帰還。命からがらです。

その後も、南洋方面で輸送作戦に従事しました。

 

 

睦月型の、その後

12 隻はすべて、太平洋戦争中に戦没しています。
その大半が、敵航空機による爆撃によるもの。
十分な航空支援が無い中での輸送作戦は、大変危険な任務でした。

  • 睦月 : ガ島攻略中。沈没した味方艦の救助作業中に、航空機爆撃で沈没。
  • 如月 : ウェーク島攻略中。戦闘機の機銃攻撃を受け魚雷に誘爆、爆沈。
  • 弥生 : 輸送作戦中。航空機爆撃で沈没。
  • 卯月 : 輸送作戦中。魚雷艇からの雷撃で沈没。
  • 皐月 : 輸送船団護衛中。航空機爆撃で沈没。
  • 水無月 : 輸送船団護衛中。潜水艦からの雷撃で沈没。
  • 文月 : トラック泊地にて修理中。航空機爆撃で沈没。
  • 長月 : 輸送作戦中に座礁。航空機爆撃を受けて大破、放棄。
  • 菊月 : ツラギ攻略作戦中に座礁。航空機爆撃を受けて沈没。
  • 三日月 : 輸送作戦中に座礁。航空機爆撃を受けて沈没。
  • 望月 : 輸送作戦中。航空機爆撃で沈没。
  • 夕月 : 輸送作戦中。航空機爆撃で沈没。

 

(記事訂正 2014/05/07  : 太平洋戦争の開始を昭和21年と誤記載してました。お間抜けでお恥ずかしい。ご指摘頂いた方、ありがとうございました。)

 


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