素敵な軍隊を作ろう! ~じっくりコトコト煮込んだ連合艦隊~


大日本帝国。
日出ずる処の輝かしい東洋随一の大国であり、およそ 2500 年の歴史を有する由緒正しき国家。
その政治体勢は、てんでバラバラ。ごちゃごちゃの散らかり放題でした。
どうしてこうなった? 色々あったんです。

 

 

 

歴史と伝統の、絡まりあいまくった糸

大日本帝国の軍隊組織図

軍隊組織を中心とした、旧日本の組織関連図。
正確に細かく描くと、この100倍ぐらいのボリュームになりますが。
ややこしいところはすっ飛ばしていきますね。

 

 

「軍政」と「軍令」 戦争までの二段階ロケット

海軍さん陸軍さん
一番大まかに分けると、この2組織です。
空軍さんは有りません。飛行機なんて無かった明治の時代に、組織が作られましたので。

2つの軍は、役目によって更に2つの組織に分かれます。
軍政」と「軍令」という役割分担です。

  • 軍政 : どこの国といつ戦うのかを決めて、それに合わせた準備をする。
  • 軍令 : 軍隊を実際に指揮運用して敵と戦う。

アメリカさんと何年後ぐらいに戦おう、そのために軍艦をいっぱい用意しよう、と決めるのが「軍政」。
いつどこの島をどういう艦隊構成でどういう戦術で戦わせるか決めよう、というのが「軍令」。
きっちり綺麗には分かれませんが、大まかにそんな感じです。

軍政を司るのが、「海軍省」と「陸軍省」。
政府の一員で、内閣総理大臣の指図に従うべき立場なんですが。
発言力が強くて、言うこと聞きゃあしない。

その最も大事な役割は、予算の確保です。
組織は別々でも、お財布は一つ。国家予算というパイの、熾烈な奪い合いです。
予算さえ有れば、よい兵器が買える、よい設備が整えられる、部下によい食事と服が支給できる。
そりゃあ血眼になろうってもんです。装備一つの良し悪しが、兵隊さんの生き死にに直結しますからね。

軍令を司るのは、「海軍司令部」と「陸軍参謀本部」。
実際に、実働部隊を動かします。
陸海共同で高度に連携しなきゃいけない戦場も有るんだし、せめてここは統合しようよって。思いますよね。
いっぺん統合しました。すぐに別れました。建前論と権力闘争とかか、あれこれあったみたいです。

提督や兵隊さんを教育して育成する組織も、別個に独立して存在してるんですが、省略します。

 

 

 

説明しよう!連合艦隊とは、艦隊の連合である!

海軍の主力である軍艦を束ねる「連合艦隊」。
「海軍司令部」の下に位置するはずなんですが、いろんな歴史的経緯により、天皇直轄の機関です。
日清・日露戦争の頃から華々しい大活躍を続ける花型組織で、連合艦隊司令長官ともなれば、国民の尊敬と憧れを受けるヒーローでした。

火ぶたを切った連合艦隊

火ぶたを切った連合艦隊

とはいえ、実際には海軍省海軍司令部の両方からそれぞれ、ああだこうだと指図されて。
しかも指図の内容が、てんでバラバラで矛盾してたりするもんだから。
連合艦隊司令長官は、大変な苦労人の宿命でした。

個別の艦隊を指揮する提督は、連合艦隊の更に下ですね。

  • 本土防衛担当 : 直轄艦隊・第一艦隊・第五艦隊
  • 南方作戦担当 : 第二艦隊・第四艦隊
  • フィリピン攻略担当 : 第三艦隊
  • 空母機動部隊 : 第一航空艦隊
  • 基地航空部隊 : 第十一航空艦隊
  • インド洋担当 : 南遣艦隊

おおむねこんな感じでした(太平洋戦争開戦当時)。
局地警備部隊や海上護衛隊は別です。

 

 

 

「国防方針」を計画しよう! 戦う敵国はいずこぞ?

軍事力は、外交手段の手札の一つ。
実際に戦争が起こっちゃうのは、外交の失敗
そう言われてますね。

当時の日本は、外交がうまくいってませんでした。
国家の近代化に伴い、石油だの鉄だのゴムだのといった国内で採れない資源が大量に必要となったわけですが、それらの獲得交渉に手こずりまくった感じで。
このままだと国が衰退して侵略され植民地化待ったなし、一発勝負掛けて大逆転するしかない!という機運が高まります。
備蓄してる資源が尽きれば、戦争すらできなくなりますからね。
(※こんな状態に追い込まれてる段階で、すでに負けフラグがビシビシと立ちつつあるわけですが)

具体的にどこの国と戦うのか?というのは、政治を司る政府が決めることです。
でも、実際には陸軍と海軍の意向が強く反映されました。
どこの国? 例によって、バラバラです。

陸軍が想定した仮想敵国は、中国・ソ連方面でした。
日中戦争や満州国設立と防衛のあたりでは陸軍がすでに多大な犠牲を払ってますし、ソ連は日露戦争からずっと、強大過ぎる脅威です。
だから、陸の長大な防衛戦を守るための、大量の兵隊と銃と戦車と飛行機が必要と考えました。

海軍の仮想敵国は、もちろんアメリカですね。
軍艦を動かすのになにより必要な石油は、大半をアメリカが抑えてます。膨大な海軍力で海上交通路を封鎖されたら、海外からの資源輸入は全ストップです。
だから、量に勝る米軍艦隊を打ち負かす決戦兵器が必要と考えました。

仮想敵国のアメリカ様(1932 年)

仮想敵国のアメリカ様 (1932 年
「こんなチート国家に勝てるか!」
研究に訪れた日本人は、口を揃えておっしゃいます。

海軍と陸軍は、国防方針の策定を巡ってなどで激しく争い、お互いの足を引っ張り合います。
陸軍と海軍が全力で相争って、余力で米英と戦う」と評されたほどでした。仲良くしようよ…。
まあこのあたりの軍組織同士のイザコザは、他の国でも似た様は話がアチコチにありますが。

こういった決められない組織体制で、ああでもないこうでもないと延々と綱引きを行った結果。
大陸方面で中国・ソ連と対峙しつつ、東南アジア方面ではイギリス・フランスと争い、太平洋方面ではアメリカ・オーストラリアに全面対決を挑むという。
絶望的な全部盛りの戦争が開始された次第です。

 

 

統帥権は、独立したい

大日本帝国の軍隊組織図

上の図のとおり、軍の実働部隊は、完全に政府の管轄外でした。
軍隊を動かすにあたり、総理大臣の許可はいらず、議会を通す必要も無かったのです。

天皇直轄で、軍部が独自に軍隊をコントロールする権限。「統帥権」と言われます。
なお、天皇は原則として政治決断をしませんので、居ないものとして扱いましょう。
…あれ?

じゃあ誰が実際に軍部で決定権を握っていたんでしょうか?
海軍の場合、海軍大臣軍令部総長連合艦隊司令長官などの各組織のトップが寄り集まって合議制で決めてました。
陸軍さんも同様です。

この統帥権。かなり便利で、かつ、強い権限でした。
たとえば政府が、軍部の了承を得ずに国際的な軍縮条約を結んだりすると、軍部からの猛反発を喰らうことになります。
軍の承諾なく兵器を減らすとは何事か、統帥権の侵害である、と。

対政府用の必殺技というものを、軍部は持ってまして。
内閣から、陸軍大臣や海軍大臣を引っこ抜いて辞めさせちゃうのです。
憲法上、「陸軍大臣・海軍大臣は、陸軍と海軍から出さないといけない」という決まりなので、内閣はそのまま潰れて総辞職に追い込まれます。
かように、政府の立場は大変弱いものでした。常に軍部の顔色を伺う必要があったのです。

なお、陸軍内部・海軍内部でも、「現地の司令部が言うこと聞かずに勝手に動く」という悩み事がしばしば発生したようです。
命令違反しても成果を上げさえすれば結果オーライである!という風潮が組織全体に有りました。
自業自得の面も有りますが、上の人は上の人で、大変ですね。

 

 

 

だいたい薩長土肥のせいにする、した

どうしてこんなイビツな組織体勢になったんでしょうか?
明治維新の時代にまで遡ります。

薩摩・長州・土佐・肥前の4藩連合が、江戸幕府を武力で倒しました。
主要人物は、西郷隆盛や大久保利通や木戸孝允など、軍人であり、かつ政治家でもありました。
倒幕後、明治政府を作るにあたって、政治を司る政府と、軍事を司る軍部は、意図的に分けられたのです。
政治と軍事の権限を一組織にまとめて持たせると、政府を掌握した政党が、党利党略で軍を動かして、幕府の時代に逆戻りする危惧がありましたからね。

憲法発布略図 明治22年 橋本(楊洲)周延画

憲法発布略図 明治22年

実際、初期はその体制で上手くいきました。
明治維新の立役者達が政府・軍部の両方の実権を握っていたため、政府と軍部がバラバラに動くという構造的欠陥は問題は表面化しなかったのです。

しかし、時代が進むにつれ、日本の民主主義は発展していきます。
旧薩摩・長州勢力といった藩閥政治からの脱却、長老達が政府を裏で操る元老院体制からの脱却
選挙権も、最初は資産を大量に持ってる数少ない男性のみ有してましたが、自由民権運動を経て、やがて国民に広く政治参加が認められていくようになります。

そして、明治から大正を経て、昭和の時代。
職業軍人として若くから兵学校で純粋培養された人たちが、軍部の上層部に上り詰め。
政府との意識のすれ違いが、常態化するようになってしまいました。

 

 

 

実際に戦争をしましょう

太平洋戦争開戦の舞台裏については、別途こちらの記事をご参考下さい。
赤城さん 栄光と慢心と(2)

実際に戦争するにあたっては、海軍と陸軍の協調がどうしても必要になります。
なので、「大本営」という寄り合い所帯を作って、そこでみんなで情報交換し検討しました。
もちろん、海軍さんと陸軍さんは仲が悪いので、今後の方針を巡って喧嘩してばっかです。共有しないきゃいけない情報を隠したりもしました。仲良くしようよ。

結果としては、ご承知のとおり。
完膚なきまでに負けました。

負けたからといって、国が滅びるまで戦争をし続けるわけにもいきませんので、どこかのタイミングで降伏を決断しないといけません。
白旗は、誰が上げるのか? 誰も上げることができませんでした。
各々の担当範囲での責任と立場で、降伏するか徹底抗戦かの終わらない議論が、延々と続きます。
にっちもさっちにもいかなくなって、最終的には、「ご聖断を仰ぐ」という形で天皇に下駄を預けざるを得ませんでした。
「無条件降伏」という決断が下されました。太平洋戦争を通して唯一の、天皇による政治決定です。

こうして、明治から続くごちゃごちゃの組織体制は、終焉を迎えることになりました。

米戦艦の艦上で降伏文書にサインする重光葵外務大臣

米戦艦の艦上で降伏文書にサインする重光葵外務大臣

 

 

 

戦後の軍部に、リフォームの匠の手が!

組織関係が複雑に入り組んだ、大日本帝国。
どこの国と戦うのか、どういう目的で戦うのか、どういう条件で終わらせるのか。
統括管理できる組織や役職は、どこにも有りませんでした。

戦後、大日本帝国はアメリカによって完全に解体され、平和憲法を持つ新しい国家として生まれ変わることになります。
政府や軍部の要職に付いていた人間は、公職から追放。
軍備を持つことは禁じられ、国の防衛能力はゼロになりました。

このまま無防備でラブ・アンド・ピースを歌ってられれば良かったのですが、新しい世界情勢がそれを許しません。
アメリカが掲げる議会制民主主義と、ソ連の掲げる共産主義。
世界は、2つのイデオロギー対立による争いに巻き込まれました。

朝鮮戦争が勃発し、日本の防衛を担当していたアメリカ駐留部隊は、朝鮮半島に移動。
空いた空白は埋めないといけません。アメリカは、日本に再軍備を許可して促します。
クーデターでも発生して、日本が共産主義勢力に塗り替えられると、次はハワイとアメリカ西海岸が危険に晒されますので。
防波堤としての日本は大事なんです。

再軍備された組織は、「警察予備隊」と呼称されました。
色んなとこに配慮した、繊細かつ微妙なネーミングですね。
後に「自衛隊 (Japan Self-Defense Forces : JSDF)」と名を改めます。

 

 

そして現代へ

平成日本の軍自衛隊組織図

なんということでしょう。
あれだけゴチャゴチャしていた組織図が、驚くほどスッキリしました。

現在の日本の法律では、自衛隊は完全に政府の管理下であり、内閣総理大臣が最高指揮監督権を握ってます。
一般市民から選ばれた文民の政治家による軍隊の統制、シビリアン・コントロールと言います。
政府の指示が無いと、実働部隊はなにも動くことができません。
たとえ人命救助目的の災害派遣であっても。

この組織体制によって、軍部の暴走は抑えられるようになりました。
代わりに、内閣総理大臣が有する決定権は、極めて大きいですので。
清き一票は、ぜひご慎重に。

なお、自衛隊法によって、自衛隊員の政治活動はかなりキツめに制約されています。
政治的な中立が厳格に求められるわけですね。
選挙投票だけは自由にできるものの、特定の政治組織や政治家への応援活動や肩入れなどは厳禁です。
もちろん、自衛隊を辞めれば、政治活動の自由は再び得ることができますが。

実例として、政府の見解と異なる政治的意見を論文にまとめて世間に発表した航空幕僚長(空自の TOP)が居たのですが、問題となり解任されてしまいました。
その人は、聞く話によると、その後どこぞの地方都市の首長選挙に出馬して、当選したとかしなかったとか。

いずれにせよ、自衛隊には今後も平和維持活動でのみ活躍して頂ければなあと、切に願うのです。
上手くいくか、いかないか。それは、文民統制次第ということで。
仲良くしましょう。ラブ・アンド・ピース。

 


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